「空飛び猫」表紙
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翼の生えた猫が自由な世界を教えてくれる

ずいぶん前に買って読んだ本をふと思い出してパラパラとページをめくっていたら、あとがきをちゃんと読んでないなぁと読んでみたらハッと思うことあり。その本とはアーシュラ・K・ル=グウィンの「空飛び猫」(講談社文庫)。

「空飛び猫」挿絵 飛び立つネコ
「空飛び猫」挿絵 子供の猫

なぜか背中に翼をはやして生まれた4匹の猫たちが、自由と安寧の地を求めて旅をするお話。とても短く平易な言葉と素敵な挿絵がついた子供向けの本です。あの「ゲド戦記」のアーシュラ・K・ル=グウィンがこんな絵本を!?と驚くぐらい、とてもシンプルでわかりやすく劇的なことは特に起こらない、いたって平和でほのぼのとした物語で、ハードコア・ファンタジーファンからするとちょっと拍子抜けするかもしれないこの作品、ところがル=グウィンの考えていた文学、そしてファンタジーの観点からも、とても大事な作品ではなかろうか、と思い直したのは、読み飛ばしていたあとがきのこと。翻訳者である村上春樹が書いていたのは、

「こんな子供だましの話がいったい何の役にたつんだよ。という人もなかにはいるかもしれませんが、まあこういう本が世の中にもう一冊くらい余分にあったっていいではないですか。(中略)もしなにかのファンタジーがあなたに対してとても強く”はたらいた”としたら、それは誰がなんといおうとあなたのためのファンタジーなんです。それはあなたにとって開いた窓なのです。それが正しいか正しくないかなんて、役にたつかたたないかなんて、そんなことは別にどうでもいいことです」

これを読んで「そのとおり!」とブンブン頷いたのと同時に、これまた昔に読んでいたル=グウィンの評論集「いまファンタジーにできること」(河出書房新社)の一説が浮かびます。

「学校の子どもたちが物語の中にメッセージを探すことを教えられる代わりに、本を開きながら、”ほら、新しい世界へのドアが開いた。わたしはそこで何を見つけられるかな”と考えるように教えられているなら、どんなによいだろう」

ル=グウィンのファンである村上春樹だから、彼女の考えていたことをわかってあとがきを書いていたなら素晴らしいことですが(多分そうだと思うけど)、正しい答えとか、これしかないという決めつけに抗い、一人一人に答えがあって見つけるのはその人自身である、という考えに心底感動。

「想像力による文学は、今もなお、ヒロイズムとは何かを問いかけ、権力の源を検証し、道徳的によりよい選択肢を提供しつづけています。ファンタジーはそういうほかの道について考えるのが得意です。そのことをこそ、ファンタジーについての新しい前提にしませんか」

そもそも彼女は、勧善懲悪の世界と思われがちなファンタジーは本当はそうじゃなくて、複雑な世界のなかで、もしかしたらもっとよい選択肢があるんじゃないだろうか、こんな道もあるかもしれない、と教えてくれるのがファンタジー文学であるという考えの持ち主ですから。たったひとつの答えなんかはないってこと。たくさんの選択肢(オルタナティブ)に満ちてこそよい世界なのだと。

「空飛び猫」はそんなル=グウィンの自由な精神を象徴するような愛らしい作品なんだと思います。

ほんとに可愛らしいお話なので、お子さんがいる方などは読み聞かせるにもとてもいい本だと思うのでよかったらぜひ。

ル=グウィンと猫
image via New York Times

ネコとアーシュラ・K・ル=グウィン。いい写真。

ちなみにこの本でいつも思い出す個人的事件といえば、本屋に行ってこの本を探していてもいっこうに見つからなくて、ついには店員さんまで呼び出して探し回ったあげくに見つけた場所が、村上春樹の著作コーナー。ビックリした。まさか、とは思ったけど、ル=グウィンのファンとしては複雑な気持ち。

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