旅のお供に1冊

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夜、すぐ眠くなるため(老化)、家でじっくり本を読む機会が減ってきているせいか、最近もっぱら旅行とか電車など移動の際に本を読むことが多くなってきました。そのため長編小説というより短編、もしくはエッセイみたいなサクッと読める本を重宝しがち。ついこの間読み終えたものも、SF短編小説でした。

SF界の巨匠、スタニスワフ・レムの「宇宙飛行士ピルクス物語」(ハヤカワ文庫SF)です。宇宙飛行士ピルクスの訓練生時代から飛行士としてプロになって出会うさまざまな事件を短編でまとめた作品。舞台は近未来のSF世界なんですが、起きたひとつの事件の謎をピルクスが科学的知識や頭脳を使い、ときには体を張ってじわじわと解き明かしていく展開は、まるでミステリー小説を読んでいるみたいでワクワクします。「そんなことだったのかい!」とわかってしまえば単純なからくりにしてやられたり、機械(もしくはAI)対人間というSFの大テーマにも踏み込んだり、テーマや謎も多種多様で、短い時間で面白く読むにはピッタリ。あと、主人公のピルクスが「やれやれ系」(っていうの?)の先取りつーか、聖人君子やヒーローじゃなくて、「しょうがないなあ、やってやるか」系の動機で動く人物で、あんまり尊敬できない(笑)人物設計なのもサイコーでした。

あと、旅のお供にしたい本といえば、少し前に読んだ女優、高峰秀子の晩年のエッセイ集「にんげんのおへそ」(上の初版の装丁版よりも、新潮文庫版のほうが手に入りやすいと思います)。女優として超一流の彼女、随筆家としても驚くほど素晴らしい才能で、天は二物を与えるのだなと落胆、あいや、感嘆したものです。

高峰秀子さんの身の周りに起きた出来事や彼女自身のことなど、時代も様々に書かれたエッセイで、かなり壮絶な義母との関係を綴った「ひとこと多い」は、もの悲しくほろりと胸にくる名文ですし、近所の魚屋さんに行く道すがらに出会った夫人と車いすの少年との短い交流を描いた「午前十時三十分」に込められた儚くも力強い人間の絆の話など、名エピソードはあげればキリがないですが、私がいちばん心にグっときたのが最後に収録されている「死んでたまるか」。夫の松山善三と人生の終わりにむけて身軽に生きようと決意、身の周りのものを整理して(今でいう断捨離)、こじんまりとした家を建てて終の住処を完成させ、死ぬための準備が万端整ったところで、「こんないい家ができたのに、死んでたまるか!」と長生きに精を出し始めるという、壮大なずっこけ劇が描かれていて、最高に微笑ましく大好きなエピソードです。

彼女が主演してきた成瀬巳喜男、木下恵介らの作品のように、ちょっとしたことや、さりげない日常の描写のなかに、深い情感が込められた名文の嵐。人間へのまなざしが鋭く、でも優しいところとか、人としての器のデカさが際立ちます。大女優といえど、七転八倒しながら生きてきた、たくましさと飾らないユーモアが散りばめられていて、名著と言わざるをえません!

※自叙伝になる「わたしの渡世日記」(文春文庫)も上下巻と長いですが、ぐいぐい読ませる名作なので、合わせてどうぞ。

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